2011年3月19日土曜日

東北地方太平洋沖地震 東京電力福島第1原発 ⑥



これから東日本大震災に関して、私の大先輩にあたる方がまとめた情報を発信します。
これらの情報は新聞、テレビのネット版、2ちゃんねる、またいろいろの人のブログから拾ったものだそうです。



号泣も買占めも、略奪もなく、、、日本大地震、市民は冷静だった 
March14,2011 朝鮮日報?
大地震が日本列島を直撃した11日午後2時46分、東京都世田谷区のある大型ディスカウントショップ。カートを使って平穏にショッピングを楽しんでいた在日韓国人の李某氏(44)は、建物が崩れるかと思うほどのひどい揺れが起き、反射的に頭をかばって姿勢を低くした。カートがあちこち転げまわり、陳列台の商品が下に落ちた。数百人の買い物客は、青ざめた表情だった。「異国の地でこのように死ぬのか」と頭の中が真っ白になったが、しばらくして揺れが落ち着いた。
買い物客や店員は急いで建物の外に出た。李氏も、カートを残して非常口から外に出た。落ち着きを取り戻し、李氏は思った。「これが日本が先進国ということか」。
大地震が襲っても、誰一人大声を出したり泣きわめいたりしなかった。「地震の騒音」だけだった。驚くことは、ディスカウントショップの商品を持ち出す人が一人もいなかったという点だ。買い物客は皆、買い物かごの商品を元の場所に戻し、建物を出た。大地震や大火事が発生すれば、犯罪や略奪、無秩序が横行するという話は、少なくとも日本では「遠い国の話」だった。
12日午前、このディスカウントショップが開店したが、買い物客が普段より2倍程増えただけで、買い占めや割り込みをする人は見当たらなかった。近くの大手デパートの食料品売り場も事情は同じだった。普段より多くの人が訪れたため混雑したが、山のように食料品を買い込む人は見られなかった。客はむしろ普段より静かで、店員はいつものように親切だった。
東京の公共交通機関の象徴である地下鉄での様子も、沈着そのものだった。大地震が襲った11日午後、地下鉄が運転を見合わせたため帰宅できない人が集まったが、緊急状況を理解して協力した。「交通機関で帰宅することはできないので、運転が再開されるまで安全な会社の建物にいてください」という当局の放送案内や会社内のアナウンスに従って、多くの人がオフィスで待機した。家が近い人は歩いて帰宅した。地下鉄は夜遅く再開されたが、停電のため、車内は真っ暗だった。NHK放送の映像に映った乗客は、真っ暗な電車の中で静かに目をとじて待っていた。いら立ったり、抗議をする人はいなかった。当局は、オフィスで冷静に待機した市民が帰宅できるように未明まで地下鉄の運行を延長した。
早くも落ち着きを取り戻した東京の休日は、見た目には平和だった。多くの市民は、自宅でテレビを見て、政府とメディアが提供する情報に耳を傾けた。


独メディア「日本政府は事実を隠蔽、過小評価」
 【ベルリン=三好範英】ドイツでは、福島第一原発の爆発や火災などに関する日本政府の対応について、不信感を強調する報道が目立っている。被災地で救援活動を行っていた民間団体「フメディカ」の救援チーム5人は14日、急きょ帰国した。同機関の広報担当者シュテフェン・リヒター氏は地元メディアに対し、「日本政府は事実を隠蔽し、過小評価している。チェルノブイリ(原発事故)を思い出させる」と早期帰国の理由を語った。 メルケル首相も記者会見で「日本からの情報は矛盾している」と繰り返した。ザイベルト政府報道官は、「大変な事態に直面していることは理解している。日本政府を批判しているわけではない」と定例記者会見で釈明したが、ドイツ政府が日本政府の対応にいらだちを強めていることは間違いない。   (2011年3月16日17時48分  読売新聞)


東北、関東の各地では、15日から16日にかけて、引き続き通常より高い放射線量が観測された。
都道府県に観測を委託している文部科学省の集計では、14~15日に比べて、山形、長野両県の
数値が上昇する一方、栃木県、東京都は大きく低下。群馬、埼玉、千葉、神奈川の各県はわずかに
低下したものの高止まり状態となっている。

茨城県では過去の最大値の約18倍、宮城県は約4倍の値がいずれも初めて報告された。屋内退避
区域の福島県浪江町では通常の約6600倍の数値が検出された。
文科省の森口泰孝文科審議官は「一般的には原発から離れれば放射線量は減るが、風の流れなどの
影響で必ずしも距離と線量の関係は一致しない」と説明した。

集計によると、15日午後5時から16日午前9時までに観測された最大の放射線量は、宮城が毎時
0・199マイクロシーベルト、茨城は1・035マイクロシーベルト。山形では0・114マイク
ロシーベルトとなり、14~15日の0・040マイクロシーベルトから上昇した。
長野も0・038マイクロシーベルトから0・107マイクロシーベルトに上がった。

一方で、栃木は1・318マイクロシーベルトから0・388マイクロシーベルトへと低下。東京都
も0・809マイクロシーベルトから0・361マイクロシーベルトに下がった。群馬は0・501
マイクロシーベルト、埼玉は1・039マイクロシーベルト、千葉は0・253マイクロシーベルト、
神奈川は0・153マイクロシーベルトだった。

集計とは別に、文科省は福島県内でモニタリングカーによる独自調査を実施。福島第1原発から北西約
21キロの浪江町の周辺で15日午後8時40分~50分に通常の約6600倍に相当する330マイクロ
シーベルトを検出した。

47news(2011/03/16 19:27)
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031601000898.html



なぜ自衛隊を使って被災地に食料、毛布を投下しないのか
現代ネット【政治・経済】2011年3月16日 掲載
○話にならない無能バカ政府
「食料、水がない」「毛布をくれ」「ガソリンもない」――
 東日本大震災から5日経ったが、各地の避難所が深刻な危機に瀕している。阪神大震災の時は地震発生後4日目には食料などが行き渡り、被災者は一息ついた。ところが、今回は生き残った被災者が飢えと寒さという2次被害で苦しんでいる。
「大津波が押し寄せた福島県いわき市には、被災から5日たっても、ただの一度も支援物資が届かない避難所まである。命からがら逃げてきてもロクに食事が取れず体力が衰弱し、すでに3人の高齢者が亡くなっています」(地元自治体関係者)
 信じられない話ではないか。
 津波で町全体が根こそぎ破壊されたため、道路、列車が使えない。海には大量の浮遊物があり、船も容易に近づけない。仙台空港は水浸し――という事情はあるにせよ、この混乱はひどすぎる。明らかに政治の責任、大失態なのである。
 地震発生後、菅政権は福島原発で無策を露呈した。予備のバッテリーが使えなくなり、炉心を冷やす水を送るポンプがダウン。重大危機の発生は歴然だったのにアホみたいに放置し、格納容器の建屋が吹っ飛び、放射能がダダ漏れになってから、避難地域を拡大させた。
「放射能が漏れてから避難させるって、何ですか。ふつうは大きめに避難地域を指定する。それを徐々に縮めていく。危機管理の基本です」(民主党議員)
 計画停電も無計画の極みだ。
「当初、東京電力は企業や交通機関の準備、対応を考慮し、前日の夕方に計画停電を発表する予定でした。ところが、菅首相が『苦渋の決断』を自ら国民に呼びかけることにこだわった。節電啓発大臣に起用された蓮舫氏も出てきて、首相に続いて、国民に呼びかけた。こんなパフォーマンスをやっていたものだから、東電の発表が午後8時半にズレ込み、大混乱になったのです」(官邸事情通)
自衛隊の動きが遅れたのは菅のせい
 自衛隊を動かし、米軍に協力を求め、道路が寸断されているのであれば、空から物資を投下すればいい。とにかくこれだけモノがある日本で、避難所に食べ物がないとはどういうことか。あり得ない政治の怠慢なのである。軍事ジャーナリストの世良光弘氏はこう言う。
「私も小松基地にあるC130を出して、食料を投下すればいいと思います。なぜ、それができないのか。これも菅首相のパフォーマンスのせいです。首相は当初、2万人だった自衛隊の動員数を5万人、10万人と上積みさせましたが、幕僚は何も聞いていなかった。首相が思いつきで口にしたことなんです。5万人がいきなり10万人になり、現場は大混乱になった。そのため、今度の震災の指揮系統を東北方面隊にするという決定も大幅に遅れた。自衛隊はなかなか、本格的な活動ができなかった。確かに72時間以内に生存者を探すことは大事ですが、自衛隊は首相のパフォーマンスに振り回されている格好です」
 軍事評論家の神浦元彰氏は「C130からパラシュートで落とす場合は高度150~200メートルが必要。その高さから投下すると、風で流される。ヘリで運ぶ方が確実と思っているのだろう」と言う。
 そんな訓練はしていないという事情もあるらしい。とはいえ、食料自体はあるのである。自治体が動かずガソリンがないから配れない。だったら自衛隊がヘリでも輸送機でも使って、フル稼働するしかないではないか。避難所の被災者52万人は生きるか死ぬかという瀬戸際だ。菅のパフォーマンスは論外だし、政府は手段を選ばず、何でもやるべきなのである。

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